東高田城跡
高田郷の天満宮の背後の丘陵にあり、深さ、幅共に7m程の堀切等が残っています。この城跡の本丸は非常に狭いですが、この平場から高田川沿いの道路をかなり遠くまで見渡せます。そのため、この城で敵の侵入の監視し、対面する西高田城と一体となって防御にあたる役割があったと考えられています。
〇東高田城跡の概要
主郭標高 : 62m 比 高 : 40m 城 域 : 東西 80m 南北 50m
遺 構 : 主郭、ニノ郭、三ノ郭、出郭、腰郭、土塁、堀切、竪堀

東高田城跡 堀切
西高田城跡
高田郷の和楽団地入口東側にあり、頂上付近にあります。
前述の東高田城と一体の関係にあったものと考えられており、この両城は長与の西の関門として、長崎方面に割拠した長崎氏、福田氏、深堀氏その他氏族の侵入を阻止する目的で築城されたと考えられています。
西高田城跡の概要
主郭標高 : 87m 比 高 : 69m 城 域 : 東西 50m 南北 150m
遺 構 : 主郭、ニノ郭、三ノ郭、出郭、帯郭、土塁、石垣、堀切

西高田城跡 石垣
場所